住宅の耐震はこうやって強化された!なるほど地震の歴史で家の耐震基準が良くわかる

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地震が繰り返された日本。歴史を見ると地震が起こるたびにデータを集めて研究し、耐震の改善を重ねてきたことがわかります。

「過去を知ることは未来を知ること」特に耐震基準が大きく変更されたのは現在のところ2回。

どちらも大きな地震が起こった後でした。地震や耐震基準の歴史を見ると、教訓から進化し続けている事がわかります。調べましたのでご紹介します。

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■ コノ地震から耐震の本格的な研究がスタートした

▼ 明治24年10月28日 濃尾地震(M8.4)が発生

耐震構造への本格的な調査研究スタート。
木造の耐震化、レンガ造の耐震化構法が示された。
日本の近代的構造物の耐震化への幕開け。

■ あの有名な「関東大震災」後から日本独自の耐震性が叫ばれる

▼ 大正12年9月1日 関東大震災(M7.9)が発生

欧米直輸入の構法による建物(レンガ造)に被害続出。
日本独自の耐震構造の必要性が叫ばれた。

■ 翌年「世界初」の耐震基準が生まれる

1924年大正13年 市街地建築物法に「耐震規定」制定 (世界初の耐震規定)
建築物への筋違、壁の配置を義務に

■ このほうが安全だ!こっちのほうが安心だ!耐震の大論争が起こる

昭和2年~数年間
地震に対する建築物の安全性確保の考え方に関する大論争がおこる

■ 戦争が地震の調査や研究をストップさせてしまった

昭和15年昭和21年
戦時中、終戦直後の地震被害は当時公表されず。また終戦直後の社会的混乱で被害の教訓は耐震に生かされることはなかった。この間の4つの地震

▼ 4つの大地震が発生

tottori_jisin.jpg ■昭和18年9月10日 鳥取地震(M7.4)
家屋全壊 7,485 半壊 6,158 死者 1,083人

■昭和19年12月7日 東南海地震(M8.0)
家屋全壊 26,130 半壊 46,950 死者 998人(津波の犠牲)

■昭和20年1月13日 三河地震(M7.1)
家屋全壊 5,539 半壊 11,706 死者 1,961人

■昭和21年12月21日 南海地震(M8.1)
家屋全壊 11,591 半壊 23,487 死者 1,330人 不明 102人

写真出典:鳥取地震 とっとり市報「特集 鳥取大地震から70年」鳥取市歴史博物館やまびこ館提供

■ 「福井地震」が震度7の想定を作り、建築基準法の制定に影響を与えた

▼ 昭和23年6月28日 福井地震(M7.3)が発生

家屋倒壊 35,420 半壊 11,449

地震動は強烈で、震源近傍では住家の全壊率100%の集落が多数出現し、3年前の福井空襲から復興途上にあった福井市でも全壊率は80%を超えるほどで、内陸で発生し都市を直撃した強い活断層地震である。内陸の地震は多いが、福井地震は被害が集中した。

出典:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1948-fukuiJISHIN/

▼ 昭和25年(1950年)建築基準法が制定

kentiku_kijyun.jpg 建築基準法とは:建築物の敷地、構造、設備や用途に関する最低限の基準を決めた法律。人々の、生命、健康、財産を保護し、公共の福祉を増進させることを目的としている。

福井地震の強い地震動がもたらした壊滅的な家屋被害は、震度7を創設させるとともに、1950年の建築基準法制定にあたって鉄筋コンクリート造の耐震規定にも大きな影響を与えた 出典:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1948-fukuiJISHIN/

■ 「新潟地震」で地盤の重要さがわかる

▼ 昭和39年6月16日 新潟地震(M7.5)が発生

nigata_jisin.jpg 家屋全壊 1,960 半壊 6,640
死者 26人 砂質地盤の流動化現象(クイックサンド現象)を経験。
地盤の耐震についての重要性を認識。 nigata_jisin_kyoukun.png 出典:『北陸における地震・地盤災害の教訓~地盤情報の利活用の展望』 長岡技術科学大学 大塚 悟 氏 http://www.jiban.usr.wakwak.ne.jp/event/file/kouenkai.pdf

■ 「宮城県沖地震」が新耐震基準のきっかけになった

▼ 昭和53年6月12日 宮城県沖地震(M7.4)が発生

鉄筋コンクリートに被害。
ねじれに対する考慮不足。
杭の被害例が多い。
造成地での建物被害。

■ 昭和56年 【新耐震基準】に移行

建築基準法が大きく改正。以前の基準法と比べて新耐震と呼ばれる。
地震の力に対して、必要な壁の強さ倍率を変更など

■ 死者行方不明者が昭和以降最大になった阪神淡路大震災が起こる

▼ 平成7年1月17日 兵庫県南部地震(M7.2)が発生

家屋全壊 106,247 半壊 130,334
死者 6,432人 負傷者 38,495人

近代都市を襲った未曾有の大地震。木造家屋(老巧家屋)の倒壊による死者多数。新耐震設計法で設計された建物の被害は少なかった。

しかし、震度7に襲われた地域の被害統計では、新耐震基準の建物でも大破・倒壊の被害が発生したため接合金物等の奨励など、改めて細かい改正が追加された。

阪神大震災の記録まとめより
阪神大震災の記録“この写真、私の記憶が間違っていなければ、このお宅は地質学者の藤田和夫先生の自宅。この左隣りは関東震災も体験された池辺展生先生の自宅だが、倒壊していなかった。小さい頃に遊びに行ったが、関東地震の体験から丈夫な家を建てたのかも知れない。” ツイッター:T.INOKUCHI / 井口 隆 @nied_inok
定年退職して現在は防災科研の研究参事。発言は研究所の公式見解ではなく個人的発言より https://twitter.com/nied_inok/status/556081538668843008/photo/1

■ 平成12年 【建築基準法が改正】土台と金物で固定。壁のバランスが重視される

地盤調査が事実上義務化。
筋交いを止める金物、柱の位置、耐力壁の強さで柱を止める接合金物が指定。
耐力壁の配置にバランス計算が必要に。

81年新耐震で壁が強化された分、地震の揺れで壁や柱が土台からはずれやすくなることがわかり、壁や柱と土台の固定が必要だと認識された。

壁の筋交いも、壁が強い分だけ家屋全体に”ねじれ”を発生させ倒壊の要因となることがわかり壁ごとのバランス計算が求められた。

出典:東京理科大学建築振動学『序章建物の地震被害と耐震の歴史』http://www.rs.noda.tus.ac.jp/~migu/josho.pdf

■ まとめ

家の耐震の歴史を見ても、改めて日本が地震大国であることを思い知らされます。建物の耐震基準は、地震で被害を受けるたびに改善が重ねられています。今後も改正される可能性があることを知っておき、注意を払っておくことが大切です。